2007年08月08日

先日の日曜日は、待ちに待った次女の中学吹奏楽コンクールでした。
猛練習の毎日でしたが、次女にとっては3年間の集大成ということと、親とするば「これが終われば受験勉強に打込める」という気持ち、色々な思いが交じり合いながらコンクール当日をむかえました。
1・2日目は吹奏楽コンクールの殿堂「普門館」でしたが、次女たちの3日目からは練馬文化センターでした。
中学の吹奏楽コンクールは、課題曲と自由曲を演奏するA組と自由曲だけ演奏するB組があり、どちらにも金・銀・銅・努力賞があります。そして、A組で金賞を取った中で更に14校のみが都大会へ行くことが出来ます。
東京都以外は、県大会からスタートするのですが、そのあとに南関東大会など地区大会があります。都大会は地区大会と同じラインになり、都大会の出場校の中で2校のみ全国大会に出場できます。
次女の中学は、昨年・一昨年と惜しくも銀賞でした。コンクールに出始めたのが次女が1年生の時で、初めてで銀賞だったのので次の年には金賞を期待されましたが届きませんでした。
そして今年。8/5午後の部でした。
メンバーは少ないけどよい演奏をする中学、揃っているよい演奏をする中学、次女の中学の前の学校は一人一人は下手でないのに元気ばかりでよい演奏とはいえませんでした。でも、それぞれの中学で演奏する子供たちの一生懸命さ、これは感動です。ここまでの、これからのドラマがあるんだなと思いました。
色々な演奏を聴いていくとやっと次女の中学の番になりました。
課題曲「ブルースカイ」。まとまってよい演奏でした。
自由曲(曲名は秘密)は、次女のホルンのソロもあり緊張しながら聴きましたが、ホルンのソロも上手くでき全体的にもよい演奏でした。
こりゃ、もしかして、今年こそは金賞が取れたのでは?
演奏が終わって待合コーナーに行くと次女たちが大騒ぎしていて、お母さんたちの中には涙ポロポロと流している人たちもいました。記念撮影も大騒ぎ。
帰宅して夕方、審査結果を聞くために最後まで残っていた妻から「金賞を取ったよ」のメールが来ました。よかった! おめでとう!
そして翌日、A組の演奏が全て終わり、最終発表があり、次女の中学は都大会出場が決まりました。
A組で出場約100校+B組約300校=合わせて約400校のうちベスト14校に選ばれました。
金賞が取れただけでバンバンザイだったのに、都大会にも行けるようになりました。
しかし、コンクールが終わったら夏期講習だ、塾合宿だと予定していた中3も多く、親中心に今後の練習スケジュールが気になります。
我が家の次女は、英語とピアノ他音楽があるだけで進学塾には行っていないのですが、それでも夏休みは受験生には重要で、特に次女の中学は二期生のため夏休み明けに定期テストがあります。これは内申書に結果が書かれる重要なテストです。夏休み前半は毎日の練習のためにろくに夏休みの宿題もやっていないし、夏休み後半にがんがんと練習が入ってきたらどうなることやら・・・・・・
ということで、練習と自宅学習の兼ね合いのことで昨晩も次女と大喧嘩!! 結局、せっかく都大会に出るのだから練習は一生懸命やればよいけど、帰宅してからの時間が少ないし塾にも行っていないのだからTVや余暇の時間は出来る限り削って勉強に打ち込むこととなりました。しかし、最後に次女の捨て台詞「そんなのわかってることだよ」、私「分かっているのなら休憩ばかりしていないで勉強にも集中しなよ」。
しかし、お父さんは嬉しいんだよ、金賞を取ってくれたこと都大会に行けることを本当に嬉しく思っているのだよ。でも、親だから、その先の進路やあなたの人生のことを考えもするのだよ。
いつか分かってくれるかな。
次は吹奏楽の殿堂「普門館」で都大会、更に演奏に磨きをかけていこう!!
2006年08月22日

(石鎚山 本山 山頂にて)
今年の夏休みは3年ぶりに妻の実家のある愛媛へ帰省してきました。
多少会社に無理を言って9日間の帰省旅行となりました。
といっても、往復をフェリーにしましたので、往復で約2日半を費やしてしまいました。
しかし、フェリーは、渋滞はないし、多少船酔いしても寝ていられるので、自動車で往復するよりもかなり楽です。
費用のことを考えれば、往復を夜行バスにするのが一番安価です。荷物のことと現地での足のことを上手くできれば、これが一番だと思います。

(石鎚山 三の鎖場にて 「ファイト! いっぱぁつ!」)
今回の帰省では、23年前に亡くなった義父の記念会をしようということで、妻の兄妹家族が集まったのですが、妻の兄妹は5人で、その家族もいますから、総勢20人超です。
実家は義母1人暮の小さな家なので、兄妹の家などに分散して泊まったのですが、一時的に集まったときにはクーラーもあまり利かずアウシュビッツ行きの列車を想像させました。
記念会当日の会食は道後温泉の「鮒屋旅館」でしたので広く、人数的にも社内旅行か修学旅行を想像させました。
妻の家族との行動が前半で終わり、後半から自由に時間を使って動けるようになりました。
まずは、今回の(私の)帰省の目的である西日本最高峰「石鎚山」登山に行きました。長女と妻は不調でしたので、次女と長男の3人で、土小屋というところまで自動車で登り、そこから登り始めました。
長男は出だしハイペースでしたが、それが響き、下山時はバテバテでした。
休憩を入れて2時間で本山頂上下の鎖場にたどり着き、2つの鎖場を登り、本山の頂上にたどり着きました。
しかし、そこから鎖も何もない狭い稜線をたどった所に本当の最高地点「天狗岳」があります。せっかくここまで来たら行くしかないということで、慎重にピークへ向かいましたが、長男はそうとうの臆病のようで(その方がこういう所では安心しますが)、岩場に張り付いてなかなか動きません。逆に次女は、大胆に早く岩場を進んで行きました。
3人とも無事に天狗岳ピークにたどり着きましたが、片側が絶壁で、足がすくんで両手ばなしでピークに立つことはとても勇気が必要でした。

(松山市北条の浜にて)
石鎚山登山の翌日は、筋肉痛のままで松山市北条(北条市は松山市と合併)の浜へ海水浴に行きました。
綺麗な水でしたが、風が強くパラソルや浮き輪があちこちから飛んできました。我が家もパラソルを借りましたが、それを押さえとくのが大変なのと、顔に当たる砂が痛いのなんのって。それでも3時間ほど海水浴を楽しむことが出来ました。
帰りのフェリーは、ちょうど九州に台風が来ているときで、紀伊半島を超えるまでは結構揺れていましたが、その後はどんどん台風から遠ざかっていきましたので、揺れも少なくなりました。
長いようで短い夏休みの帰省も終わり、今は地図の様になった背中の痒さに耐えながら仕事をしています。